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もいちゃんの極秘ミッチョン(^_-)-☆

仕事が終わっておうちに帰ると、ママともいちゃんのラブラブタイム(●^_^●)
ソファの上に寝そべって向かい合っておもちゃで遊んだりチューしあったりしながらもいちゃんとお話しです♪
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ママはもいちゃんに
「べべおねーちゃんは15歳11ケ月のご長寿さんだったでちょ。
もいちゃんもべべおねーちゃんくらい長生きさんでいてほしいけど、もいちゃんは体が弱いから15歳11ケ月は無理ね。
ちょーがないから11ちゃい半でいいでちゅよ。
いっちょに東京オリンピックをテレビでみようね(*^。^*)」ってよく話していました。
でも心の中では、(もいちゃんの場合)13歳くらいまで頑張ってくれたらいいなーって思っていました。


もいちゃんはゴールデンなのにおかあさんのおなかの中にいたのはフタリだけ。
お姉ちゃんは生まれて間も亡くなったそうで、もいちゃんは天涯孤独の一人っ子でした。
鍼の先生曰く、もいちゃんは親からもらったものが少ないのでべべちゃんのように強くはないので、健康にはより一層気をつけてあげましょうねと言われていました。

先代の“お空のムーちゃん・ぶーちゃん・べっちゃん・きゃっちゃん・べべちゃん”に比べると、エネルギーが弱いというか、元気が足りない度は一目瞭然でした。
こういうゴールデンもいるんだと、カルチャーショック的に驚くこともたくさんありました。
だって、10歳年上のべべちゃんのほうがずっと意欲的でキリッとしていて活発でしたから(^_-)-☆
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でもママはそんな(体が弱い)ことはへとも思っていませんでした。
むしろ面白くて心優しく穏やかで、行動がとてもおとなしいもいちゃんとの生活はぐーたらママにピッタリで、フタリで肩寄せ合って「ちあわちぇでちゅね〜♡♡」って言い合って暮らしていました。

ワンコって、それぞれの性格や持って生まれたものがありますよね。
我が家のブーボ君が腺癌になってしまった時、ブーちゃんは「おいらみんなと一緒にいたいからもう少し頑張るよ。」と、ボロボロになってしまっても頑張りぬいてくれました。
ママも獣医さんも、ブーボ君の頑張るという気持ちを大切にして、とてもつらかったけれど共に頑張り抜きました。

ママは、もいちゃんは飽きっぽくて我慢がきかないし、お気楽なのがお似合いでお子ちゃまなので、
辛いことや苦しいことには耐えられないだろうし向いていないので、いつかお空に行く時にはサッと「じゃあ、またでちゅ」って逝って欲しいと思っていました。
もいちゃんは(病気になってしまった時に)頑張るといことはないようにぼんやりとですが感じていました。
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前置きがなが〜くなりましたが、ここからが表題の【もいちゃんの極秘ミッチョン(^_-)-☆】です。

お祓いに来てくださった先生が、この子は夏(暑い時期)にとても弱く、7月中旬に病気になったのでしょう。とのことでした。

獣医さんが大の苦手なもいちゃんは小さくて可愛いおつむで考えました。
お病気であることがママにわかってしまったら獣医さん漬けにされてしまうし、何より、夏休みのプール旅行は取りやめになってしまいます!
普通にいつもの毎日をママと過ごしたかったもいちゃんにとっては、それは「あってはならないこと」なので、もいちゃんはママがお病気に気づかないようにちょっと頑張りました。
実際、鍼治療やモミモミやいろいろをしてもらっていたので、つらくはなかったのだと思います。
だって、ママは涼しくなってお調子がよくなって良かったねとさえ思っていたのですから。
(鍼をしている子は、たとえば肺がガンでいっぱいで西洋医学的には歩いたり、まして走るなんてできるはずがないのに、亡くなる少し前まで走ったりできるそうです)

もっともっと注意深くもいちゃんをみていてあげたら、もしかしたら気がついたかもしれません。
今にして思えば、つんのめったりなんでもないところであんよがカックンとなったり、(いつもですがさらに)お散歩に行きたがらないのは、股関節や骨の問題ではなくて、にっくき血管肉腫の病魔がすすんでいたサインだったのだと思います。

もいちゃんは【もいちゃんの極秘ミッチョン(^_-)-☆】を見事成功させ、残された時間の中で、最大限に「いつもの毎日」をニコニコで過ごすことができました。
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もいちゃんが持って生まれた時間は、7年か9年だったのかもしれません。

弱虫さんだしお子ちゃまだし、頑張るなんてこととがないとママが勝手に思っていたもいちゃんですが、
実はもいちゃん、“隠れ頑張り屋さん”で、
「もいちゃん、ママといっぱいいっちょにいるでちゅよー♡U^エ^U♡」って、いっちょうけんめいいっちょうけんめい、少しずつもいちゃんのキャパを超えてくれて、10歳も超えてくれて、
神様からのオマケの時間も11歳5ケ月まで延長してくれたのではないかと思います。

そりゃあと2年か3年一緒にいられたらどんなに良かったか。。。
でも、そんなこと言ったら精一杯頑張ってくれもいちゃんにもうしわけないですよね。
思っていたよりは少し短くなってしまったけれど、その分、ママともいちゃんの時間はものすごーく濃厚でラブラブだったから大丈夫でちゅよლ(。◕ˇε ˇ◕。ლ)
そんな幸せがギューギューにつまった毎日をママにくれたもいちゃんに、心からありがとうです♡U^エ^U♡
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みなさんが「ママが心配」と言ってくださいます。
ママは、実は「超のつくもいちゃん依存ママ」だとみなさんが見抜いてらしたようです(^_-)-☆
今までは大丈夫ですと言いつつ、やっぱりダメだったりしていますが、ここにきて少しずつ復活しています。本当に。

今までムーちゃん達には「まぁまぁ幸せだったよね」って控え目にいっていましたが、
もいちゃんは絶対にすごーく幸せだったと思います。
だってママがものすごーーーーーく幸せだったから、もいちゃんも同じだと決まってますもの(●^_^●)

近日上映の“3度も生まれ変わった”犬と少年のラブストーリー『僕のワンダフル・ライフ』、観たいけど観ないようほうがいいような。
きっとボロボロに泣いちゃうんだろうな。
でも観たいな。

(人生はいろいろあるので絶対とはいいきれませんが)
ママは、数年前からもいちゃんがママの最後の子と思ってきました。


でももしも...
もいちゃんがマッハで生まれ変わってママを見つけてくれたら、ママも必ずもいちゃんを見つけられると思います。

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なんやかんやでなかなか書けないでいた9月15日と16日の日記を書き終えました。

母ひとり子ひとり の二人三脚

ついこの間、「ママは大丈夫です」と書きましたが、その晩
「もいちゃんに会いたい病」と「もいちゃんを抱きしめたい病」と「もいちゃんお頭をナデナデして見つめ合ってチューしたい病」の突発的な重度発作に襲われ、深夜に『もいちゃーん!!!!!!』と大きな声で叫んでえーんと泣いてしまいました。
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やっぱり苦しいです。
モーレツに寂しいです。

「ママ大丈夫でちゅか? 
もいちゃんのママは強い子のハズでちゅよ。
もいちゃんは大丈夫なんでちゅから、ママもちっかりしてくだちゃいU^ェ^U」
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もいちゃんがいなくなって色を失ったようなたった一人の部屋で、自分の悲しい気持ちにフタをしてなるべく考えないようにして逃げても、何か見つけてはチョコチョコ用事をして気を紛らわせようとしても、もいちゃんが亡くなってしまったという現実はかわりません。


ママは自分の子(わんこ)を亡くすのは6ニン目。
この悲しみやモーレツな寂しさは、『時間お薬の力を借りて、自分で少しずつそれを受け入れる(消化する)』しか道がないのだと知っています。


あー、早く冬になればいいのに。
早く春になればいいのに。夏になればいいのに。
その頃にはきっと悲しい発作もなくなっているだろうから。
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ママは、わんこと一対一のフタリで暮らしたのはもいちゃんが初めてです。
今までは、だれかが亡くなっても他の子がいてくれたので、だれもわんこがいなくて一人ぼっちになってしまったのも初めてです。


べべちゃんが旅立ってしまってからの5年4ケ月。
もいちゃんとママはべべちゃんの旅立ちを乗り越え、
母一人子一人の二人三脚で寄り添って肩寄せ合って暮らしてきました。
本当に本当に幸せだった。。。
心穏やかで毎日が平和で、ママの人生で一番幸せでした。
スタッフに、「もいちゃんとフタリでとっても幸せ♡」とよく話していたものです。

仕事が終わって家に帰ると、ママに見せてくれるためにグローブタオルを持ってソファにのんのしたもいちゃんと、寝そべってお顔を向かい合わせ、「はー、おちごと頑張りまちたね。これからはフタリの時間でちゅよー。ママともいちゃんはラブラブ親娘ね〜。」とか話しながらギュッとかチュッとかして、『もいちゃんはいい子』のお歌を歌ってあげたり、おもちゃで遊んであげたり、ガムを持ってかじらせてあげるのが毎晩の日課でした。
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ママはもいちゃんを全身全霊で守ってあげているつもりでした。
でも守ってもらっていたのはママのほう。
いやー、自分がこんなにも子離れしたいない母だっとは(^m^)-☆

ママは通販でお買い物するのが大好きで楽しみのひとつでもありました。
洋服やバッグや靴やアクセサリーは100%通販です。(仕事もあるし、もいちゃんをおいていけないので買い物に出かけません)
ママはオバサンですが、ママなりにオシャレには気を使っていました。
幼稚園的に言うと、『もいちゃんのママ、キレイね』っと言ってもらえるもいちゃんのママでいたかったからです。
(実際はキレイではりませんが、気持ちとして(^_-)-☆)

でも、もいちゃんが亡くなってしまってから、気を紛らわそうといつもの通販サイトを見ても、お買い物をする気になれません。

欲しいものがないんです。
今までは
「もいちゃんとプールに行く時に着て行こう」
「もいちゃんとイズムさんに行く時のバッグにちょうどいいかも」
「もいちゃんのワンピースとオソロになるからこれ買おう」
近所のコンビニでは
「もいちゃんと半分こしよう」
「もいちゃんにこのお弁当の中の玉子とお豆はあげられるね」
「もいちゃんはこのヨーグトじゃないとお腹壊すからうちはずっとコレ」
....ママの考えること、行動(予定)には全てあたまに『もいちゃんと』がついていたんです。

まだあと数年は一緒にいられると思っていたけど.....
今にして思えば、もいちゃんは自分のキャパシティーを超えてママと一緒にいてくれたように思います。

ありがとう、もいちゃん。
だいちゅきでちゅよ。
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もいちゃんの犬生11年と5ケ月。
ママの子になって11年と3ケ月。
べべちゃんが旅立ってママと二人暮しになって5年と4ケ月。
ずっとずっと一緒で、楽しくて面白くて美味しいこともいっぱいで、とっても幸せでした。

お花畑で運動会U^ェ^U

みなさんのお心がつまったもいちゃんのお花畑とおいしい畑、こーんなに大きくなりました(*^。^*)
お空にはこの何十倍にもなってお花が届くから、みんなでゴロゴロしたり、かけっこしたり、お耳に飾ったり、香りを嗅いだり楽しくしていることでしょうねU^ェ^U
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写真屋さんに行く時に駒沢公園を通ったら、2輪だけ曼珠沙華(彼岸花)が残っていました。
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四十九日まではこちらとお空を行ったり来たりして、四十九日にお空で新しい生を受けるそうです。
(お祓いの先生は、四十九日を過ぎてもこちらにいてもかまわない。どちらでも良いとおっしゃっていました)


もいちゃんはママと一緒に出勤し、おやつを食べたり、お仕事(ねんね)して、ママと一緒にお家に帰っているのかな。
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事務所の祭壇のお写真も決まってもいちゃんが仲間入り。
ギューギューだぁ(^з^)-☆
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ごはんは今までどおりみんなに1日3食とお水とおやつをお供えしていますが、お供えしたご飯やおやつを食べてくれるもいちゃんがいないので....もったいないですがごはんはポイしないとなりません。
四十九日をすぎたら、ママのごはんをお供えしようかな。
お空の子はなんだって食べられるからね。

9月25日は、もいちゃんのフィラリア駆虫薬の日でした。
なので、おやつはカルドメックチュアブル。
もいちゃん好きだったから。

もいちゃんの初七日とみんなのお彼岸追善供養

去年まではもいちゃんと一緒に見て写真を撮った彼岸花。
今年はもいちゃんのお葬式の日に道端でみつけ、あー、そんな頃なのねと知りました。


ありがたいことにもいちゃんの幸せ色のお花畑はますます大きくなって、お線香やごはんをあげるのに工夫が必要なくらいです:\(*^_ゝ^*)/:
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もいちゃんの笑顔ははじけんばかりに輝いています(●^_^●)
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もいちゃんの笑顔のわけは、たくさんの方がもいちゃんを偲んで来てくださって嬉しいのと、綺麗なお花に囲まれているのと、そして美味しいものもたくさんだからです⌒゚(σσ)゚⌒
今は唐揚げだって、チョコだって、ブドウだってなんだってOKですからネ(^_-)-☆


早いのか遅いのか?
今日はもいちゃんの初七日です。
ちょうどお彼岸でもあるので、ムーちゃん、ブーちゃん、べっちゃん、きゃっちゃん、べべちゃん、そしてもいちゃんのお彼岸の追善供養もしていただきました。
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べべちゃんがお空に旅立ってからの5年4ケ月。
母一人、子一人。
フタリで肩寄せ合って仲良く楽しく生きてきました。
心穏やかで、本当にものすごーく幸せでした。
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ママを心配して、また友達が遠くから来てくれました。
美味しい差し入れを持って。
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ママは今ももいちゃん達に守ってもらっていますし、スタッフと友人、ご近所さん、そしてもいちゃんを可愛がってくださったみなさんに助けてもらっています。
ありがたいです。
ありがとうございます。

内科のお医者さまに、精神的に辛い時は、『自分の呼吸音を聴くことに集中する』と良いと教えてもらいました。(医学的に証明されているらしいです)
ゆうべ、“さみしい病”にはなっていない普通の状態で、どんなものかとベッドに入ってから試してみたら、あっという間に眠っていた感じでした(^_-)-☆

もいちゃんとの幸せで楽しい日々はママの心の中にあって決してなくらないので、ママは大丈夫ですU^ェ^U

悲しくてもおなかがすくということ

もいちゃんと過ごす定休日が待ち遠しかったママですが、もいちゃんがいない今、定休日がコワイです。
ヒトリだと“寂しい発作”が起きてしまうかもしれないから。
夜はこれでもか!というくらい起きていて、瞼が閉じてしまうくらいになったタイミングで急いでベッドへ。

起きている間に“寂しい発作”が起きそうになると、もいちゃんが駒沢公園のゴミ箱が怖かったり、テレビのチン音が怖かったりするのにかなり良い効果があったホメオパシーを口に入れます。
ママともいちゃんは似ているので、ママにも効き目があるようです。
いつもはもいちゃんのために持ち歩いていましたが、今は自分のためにあちこちに置いて、御守りがわりになりました。
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そんなママを気遣って、スタッフが食事に誘ってくれました。
毎週必ずもいちゃんとおじゃましていた大好きなイズムさん。
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いつものようにもいちゃん特製スープをたのんで、もいちゃんのいつもの場所に置いてあげました。
そして持って帰ってお供えにしました。


ベティが急に亡くなった時は、たしか1週間近くごはんが食べられず、無理に食べても全く味がせず、喉ばかり熱かったです。
2日くらいで体重が7キロ減っていて、その7キロは流した涙なのだと思いました。
それでも1週間目くらいにはお腹がすいてきて、ベティが亡くなったのにお腹がすく自分が許せなかったのを覚えています。

もいちゃんが9月11日に病気とわかり、9月12日に日付が変わった頃夜間救急に行くことになって、その日だったかその翌日には2.5キロ減っていました。
(そんな時に体重を測るのもどうかと思いつつ)
喉ばかり乾いて、食べる気がしませんでした。
でも、これから闘わないとならないのでと、一生懸命食べるようにしました。

スタッフが何か用意しておいてくれたり、さおりん先生がイズムさんのごはんをたくさん差し入れをしてくださったり、お世話になっている方々がプリンやアイスやお菓子を差し入れしてくださったり、スタッフにちゃんと食べて欲しいので一緒になって食べたり。
今日はブログを見てくださっていた初めてお逢いする方が“ちゃんとごはん食べてくださいね”とお花とともにとても美味しい築地ものをくださり、早速今つまませていただいているところです。
....みなさんのお気持ちをどんどんいただいて、ママはすでにほぼ普通に食べています。
今日いらしてくださった方に、「それが、けっこう普通に食べているんです」とお話しするのが気が引けましたが本当のことをお話ししました。
もいちゃんが亡くなってまだ5日なのに、ほぼ普通に食べられる自分がちょっとイヤではありますが、“寂しい病”と闘うためにはお腹に美味しいものを入れて、美味しいと思ったり、満腹になって安心し、かつ血液や副交感神経を消化に集中させることが必要なのだと思います。

もいちゃんにちょっとあげたいので、ゆうべはおなかがいっぱいでしたがパンケーキもたのみました。
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今日は、もいちゃんがお世話になったかかりつけのながいき動物病院さんにご挨拶に行ってきました。
もう通うこともなくなるんですね。。。
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もいちゃんのお花畑、また大きくなりました!
ありがとうございます。
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